耳の話その2:耳が持つダイナミックレンジを活かす、とか何とか…

前回からの続き。

相変わらず耳の話で、「内耳の環境適応型マルチバンド感度調整機能がいかにポータブルオーディオにおいてリスク要因となるか」(んー、読む気が失せるタイトルだな)ですが、最近でこそ減ったものの、電車内のシャカシャカノイズで考察を。

イヤフォンからの音漏れは、マナーとかの側面から議論されることがありますが、聴覚リスク的には、非常に近接した状態で音が発せられるイヤフォンを、音漏れする位ボリュームを上げているということが問題となります。

音楽とボリュームの関係は、非常に主観的なものでありますが、ある程度のボリュームがないと、迫力や雰囲気に欠けるというのは異論が無い所でしょう。しかし「ウォークマン難聴」といった言葉があるように、大き過ぎる音が聴覚へダメージを与えるということも、多くの方がご存知かと思います。



ヨーロッパ、特にフランスを中心に、ポータブルオーディオの再生音量に関する規制化が検討されていますが、そもそも危険性は理解しながらも、なぜ音漏れする程ボリュームを上げてしまうのか。これにはポータブルオーディオの使用環境と内耳の働きが大きく影響しています。

今の時期だと窓を開けてのドライブも気持ちがいいものです。お気に入りの音楽をかけながら高速を快調に走っていると、やはりこの時期、ハザードランプがつきだしたぞ。いきなりの渋滞でほぼ停止状態になった時、うわっ、カーステの音、こんなデカかったっけか?

以前は料金所で良く感じましたが(特に快調にアニソンとか聞いてると、いそいそとボリューム下げたりして)、このボリュームを調整するという作業、環境に応じて再生音量を調整するということに他なりません。基本的にはうるさい環境では大きく、静かな環境では小さく、ボリュームを調整しています。

は?当たり前だろ。と思えることも、耳が環境騒音と再生音の比較をしてS/N比改善のため行われるボリューム調整に対し、そのままでは大きくなり過ぎる内耳刺激を外有毛細胞が感知、特に耳障りになる周波数帯に関し感度を下げ、あたかも「ちょうどいい」と思うよう無意識下に感度調整を行うためです。

環境騒音は常時聴覚によりモニタリングされ、適宜感度調整が行われますが、渋滞でスピードが落ちS/N比が改善されるとともに、急激に環境騒音が低下することから内耳の感度調整が変化。これにより、本来の大きさ(この「本来」も微妙なところですが)が認識され、「うわっデカっ!」という事に。

電車の中で、iPodに付属するオープンタイプイヤフォンを聞いてみると、電車の走行音など大きな環境騒音に対し、ボリュームを上げる事となります。結構な大きさの音圧となっていても、内耳による無意識下の感度調整により、リスナー本人には「ちょうどよい」音量として捉えられます。
んー、話が長いな。ま、まぁ、突発的な大きな音には敏感であっても、「環境に応じた大きな音は、自分では気がつかない」とお考え下さい。

大きな音に気をつけろ、ってだけならば今更な訳ですが(でもとても大事な事ですよ)、この内耳の感度調整により、本来音楽を鑑賞する上で耳が活躍するはずの守備範囲が大幅に制限されている、という事は、あまり意識されていないのではないでしょうか。

環境の良いリスニングルームの環境騒音レベルは40〜50dB程度。この環境でピーク音圧100dBの音楽を聞くと、ダイナミックレンジは50〜60dBが確保されます。

耳はごく小さい音に対しては、内耳の感度調整がエクスパンジョンとして働き、音の大きさが上がるにつれ、この伸張比が小さくなっていきます。さらに音圧が上がっていくと今度は内耳感度調整がコンプレッションとして機能し、更に大きな音になると許容範囲を越えてしまいます。

静かな環境下では、この内耳感度調整が音源に対し自由に機能することができるため、非常に大きなダイナミックレンジが得られます。内耳感度調整は無意識に動作するとともに、意識によっても機敏に調整されるため、この耳が持つ特徴を活かし、音楽の表現方法の一つとして利用されています。

サスペンス映画で、静かなBGMやかすかなSEで意識の注意を引き、観客の耳の感度調整を最高に高めたところで、突然「ジャンっ!」とやることで、耳のダイナミックレンジをフルに活かした音響効果を実現しています。

クラシックではこうした手法はおなじみですが、ハードロックでもMotley Crue「Poison Apples」あたりで、気持ちよくドカンとヤラれます。
ダイナミックレンジの活用は、衝撃や迫力はもちろん、繊細な抑揚表現、加えて実体感・実在感といった要素にも深く関与します。Pink Floyd「Wish You were Here」の、あたかもそこにいるかのようなアコースティックギターも、あのラジオとゲップの前フリあってでしょう。

音楽を音楽として鑑賞する上で、一連の内耳感度調整において、感度を上げる局面が重要であると思われます。楽曲に込められた音の要素を少しでも見つけ出す上で、周波数レスポンスバランス以上にダイナミックレンジバランスが重要であり、レコードの時代から優秀録音に共通する要素のように思われます。

さらに続く…